損した!って何

得した〜!と損しなかった!が全然違うのはわかるのに、損した〜!と得しなかった!が違うのはつい忘れちゃう

 

たとえば他人がクーポン券使って会計してる横で定価で払ったとき、損してるって思う

実際は得をしていないのであって、何も失ってないのにな

 

他人が得していると特に自分が損したように感じるけど、この損得勘定がうまい人は他人に影響されづらいんだろうな

 

 

【感想・ネタバレあり】教皇選挙

ベリーニ小物すぎるだろ。

実際投票してみると票が集まらないのなんとなく既視感があって、この人人望のない学級委員長っぽいなって思う。口では良いこと言ってるんだけど内心「そういう自分が好き」とか「人の上に立ちたい」みたいなの見え見えっていうか。誰もいないなら俺がなったって良いんだけど?(チラッ)みたいなの。

枢機卿たちもそういう人に上に立ってほしくないって思ったんじゃないかな。中盤化けの皮剥がれてきて、おお!開き直って得票数上がる展開?!と思ったら普通に沈没してた。

剥がれるのも早くて小物感すごい。最初から言動矛盾あったけどもうちょっと野心を隠す意志を持てよ。

 

でもベリーニ、「誰しも心の中で己の教皇名を考えているものだろう?」みたいな、小物感満載のセリフがあって、これはブッ刺さった。

 

私も教皇名考えるタイプだなあ〜って。全然関係ないけどローレンス、そこで俺は考えたことない。は共感性低くないか?

 

別に教皇にはなりたくないんだけど、働きながら、出世した自分妄想しちゃって口元隠すのに必死だったり、誰かに称賛されてる自分想像しちゃったりさ。なんならその姿を現実にするためにわざとらしく理想の自分を演出したり。

聖職者でもこういうの思っちゃっていいんだー、人ってみんな人なんだ〜って思った。

 

ローレンスもジョンだ…。とか言い出して、じゃあ、ベニテスだけは違うのかなって思ったけど。

 

そしてクライマックス。

結局ベニテスも人間だ。就任を承諾するまでの間がテクニカルすぎるだろ。

しかも即答インノケンティウス。ここで小物のセリフがもう一度効いてくるのか……。結局あんたも名前考えてたんかい、っていう。

ベニテスも理想の聖職者にふさわしい人間だったわけではなくて、枢機卿の中でもっとも高潔というヴェールを被るのが上手だったんだなって思う。

 

でも別に良い。美しいだけの人間に教皇はつとまらないんだろう。前教皇も死ぬ前にトラップ張りまくってトランブレもアデイエミもレースから落としたわけだし。ベニテスを内緒で枢機卿にしちゃうし。

 

しかも高潔に確信を持つなんてくだらない、人は誰しもズルい部分があって当然だと思う。どこでそれを出すかでしかない。

 

 

おもしろい映画だった。

世界史レベルですら危うい知識量で読み流してるとこいろいろありそうだけど、ビジュアルも良かったし、赤い小さい帽子どんぐりみたいで笑っちゃった。どんぐりが真剣に話すのだめだ。

6月から始める限界就活日記①

受け持ちの実験動物が死んだ

焦って、今進んでいないこと全部やらなくちゃと思った、停滞した瞬間に動けなくなる確信があった。

 

だから就活を本格的に始めることにした。

就活をほとんどしていないので知らないが、25卒で6月は、手遅れなんだと思う。

養わなければならない人がいて、フリーター・薄給は選べない。ブラックも精神的に無理。

 

まず就活情報サイトを開いてみる。

エントリーだけしてESを出さなかった、もう資格を失ってしまった形ばかりの志望企業。

残骸ばかりのマイページに気が滅入る。

 

志望業界は一応定まっている。ただエントリーは一歩遅く、5月末に締め切られたところばかりだ。なんとか2社は探し出した、元々倍率高い業界なのにこんなの受かるわけない。

 

国会図書館に出かけてみた。

とにかくやった気になるために情報収集。

業界研究に役立ちそうな書籍4,5冊に目を通す、そのうち妙に冷静になって、向いているかもわからないのに、新卒で志望業界に行く必要はないか。そう思った。開き直ったとも言える。

 

もちろん第一志望もエントリーすることにしたが、その他にも、

①転職を視野。中途で第一志望を目指せる業界

②第一志望を諦める。(向いてない気もするから)福利厚生がしっかりしていて、できれば住宅手当が出るところ。伸び代があって、かつ嫌じゃない業界

を探すことにした。

自分が1つの会社に40年もいる気がしないから、転職前提で探しても変わらないだろう。

 

スタートが出遅れているので、とにかくエントリーは済まさなければ開く扉も開かないと思った。

昨日2社エントリー、説明会の申し込みをした。

今日も業界研究とエントリーを進める予定。

 

これが役に立つ日記になるかはまだわからない。ただ読む人の励ましになれば幸いである。

 

余談だが、1度目の訪問で国会図書館に新国会丼なるものがあることを知った。次食べに行こうと思ったのに、もう販売していないらしい。

無念だ。

 

 

 

万事快調(オール・グリーンズ)

「そうだ、学校であれ、育てちゃおう!」🌿

 

帯ヤバすぎる。

本屋でこれを発見したのが一日で一番面白かったので、買った。

 

ひょんなことから大麻の種を手にした女子高校生は……というあらすじ。

 

いや、ひょんなことから大麻の種を手にする人生って何?

 

 

 

酒、タバコ、セックス、薬物、犯罪の全部盛り。アウトローを断罪するマトモな人間はここにはいない。

 

「ところで。発芽記念に、スタバでも行っとく?」

 

「九進法の女は黙れよ」

「指の数イジんな!」

 

THC。明るい未来のエネルギー。

ー『万事快調(オール・グリーンズ)』波木銅

 

 

一生言わない言葉しかなくてオモロい。ずっとパンチラインじゃん。

 

この小説多分ありえない、好きじゃない、悪趣味だと思う人もたくさんいると思う。

上の引用が刺さった人は万事快調の素質がある。

 

で多分、リタイヤせずに最後まで読めた人にはサイコーの結末が待ってる。

大爆笑して、その日一番面白かった記憶として胸に刻まれるでしょう。

実家消滅

最近実家がなくなった。

私と、妹の進学をもって親が離婚したからだ。

 

最初は悲しくなかった。

そんなに良い家でもなかった、親の仲は悪く、妹も母も癇癪を起こし毎日怒鳴り声が聞こえる、父も酒を飲んで帰ってきて会話もない、さらにたまに機嫌が悪い、そんな日は大抵暴言を呟いていて、物に当たる。けどたまに家族みたいなこともした。

 

よくある家族仲の良くない家庭という感じ。

 

家賃の割に景色が良かった。

瀬戸内海に繋がる、小さい海が見えた。朝焼けが綺麗だった。

夏から冬、のぼる太陽がだんだん横にずれていくのがわかる家だった。

人の暮らしも、労働も、自然も、全てが見える家だった。

 

毎日同じ時間に川重の従業員のための時報が聞こえた。

時報があってもなくても私は変わらない。

けれど帰省の時に懐かしく聞いた時報は、小学校の給食時間を思い起こしたし、慌ただしく家を出る毎日も。

 

もう聞こえない。もう見えない。

 

こうなって初めて、キッチンの床に置いてあったいいちこ1800mlパックも、リビングの無駄に大きい平机も、柱の身長記録も、壁の落書きも、床に伸びてた父親も、図面を書いていた母の背中も、全てが懐かしく、美しく思えた。

 

寂しいな。

 

理性の信奉者

まともな人ってこの世にいるんだろうか?「普通の人」って出会ったことある?

 

理性や社会規範は人間でいるために構築されたただの機能で、人間は本来もっと動物的なんだと思う。

個人⇆個人のとき、そこに社会はない。社会がないから社会規範も機能停止する。

もちろん、片方が規範を信奉していたらそんなことにはならない、停止ボタンに気付いてない人がいるから。

 

 

他者との関わり、社会規範を軸で社会を考える時、かなり層化できる気がする。おもしろそうだから今度暇な時図にしよう。

 

考えるのおもしろいけど、別にこんなの言語化しなくても良いんだろうな。

結局ただ"在る"という意義とかなんとかに落ち着いて、納得するんだろう。

考えるだけ無駄とは言わないけど、考えないでいることの重要性もあるはずだとうっすら思っている。

 

 

若きウェルテルの悩み

ウェルテルようやく読んだ。

 

人の悩みってなんでこんなに共有不可なんだろうな。この間あなたから聞いた悩みも、あなたにとっては取るに足らないことだったらどうしよう。と思った。

 

わかったふうにしているけど、たった今この瞬間も、目の前にいる人の思考は一つもわからなくて、わかることもできない。他人になれたらいいのにな〜

 

集団になれる、集団として見られる、社会は人間の集合体、人間はこんなに集っているのに一人だなと思う。わからなくても生きていけるんだろう。

 

 

全然ウェルテルの感想じゃないな。

てか読書メーターの感想がおもしろかった。

ウェルテルの気持ちが理解不能な人たくさんいるっぽかった。

読書感想文ってあんま良くない課題、もしかして採点するの好きだった先生もいたのかな。人の感想っておもしろい。

 

他人の価値観を取り入れる瞬間、自分との比較はしなくて、ただ救われる気持ちになる。

 

自分のまま自分じゃない人になれたらいいのにな、そういえばそれに近い体験が絵画鑑賞なのかなと前考えた。

視界も共有できないものだけど、絵ってその人の見てる世界の共有手段なんじゃないかな。

風景画ってつまんなかったけどそうじゃないかもって、作家の見えてた世界、明るくて柔らかい庭とか、この人はこう見えてたんだ、そう考えたら風景画ってめちゃくちゃわかりやすくて良い。

 

他人を知るよろこびなのか、他人になれたよろこびなのか、この間絵をそうやって見るって気づいた時、すごく嬉しかった。

 

やっぱりウェルテルの感想は言えないっぽい。

観劇したいな、ウェルテル。心情変化が舞台で観たい感じだった。